明野には、歴史の遺産が沢山ありました
さる、7月13日(土)北杜市生涯学習課主催の令和6年度 第3回地域魅力発見「明野町の歴史を歩いて探検!&ブルーベリー狩り」に参加してきました。
約、20名の参加でした。
前日の雨で、天気が心配されましたが、当日は雲はありましたが、晴天で雨具の用意は要らないと判断できる天気となりました。
明野総合会館に集合して、歩き始めて最初にたどり着いたのは、宇波刀(うわと)神社でした。
これは、宇波刀神社の石鳥居です。
この石鳥居に、貞観6年(864年)の銘が入っていることや、菅原道真などによって編纂された平安時代の歴史書「日本三大実録」に記載があること、また、10世紀半ばに編纂された延喜式神名帖にも、県内の他の19社と共に記された式内社であることから、9世紀半ば以前には創立されていたようです。
この鳥居は山梨県内では最古であり、全国的に見ても、最も古い鳥居の一つとして知られており、県指定文化財になっています。
高さが低いわりに、柱の太いのが特徴です。
昔の日本人の多くが、今よりも背が低かったのでこれで十分だったのでしょう。
宇波刀神社の境内にある社です。
次に行ったのは、三島神社でした。
その途中に有った六地蔵の燈篭です。
興味をそそられたのは、この六地蔵の燈篭になぜか、菊の御紋が彫られていたのです。
ガイドをして頂いた北杜市学術課の方に尋ねてみましたが、答えはありませんでした。
この三島神社で驚いたのは、本殿の扉両脇の龍、三方の竹林の七賢人などの見事な彫刻があったことです。
市指定文化財になっています。
この神社の創立年代は不明ですが、弘安年間に伊豆国三島神社から勘請されたものと伝えられています。
その後、神殿が不朽したため、明和元年(1764年)から同5年にかけて、上手の八代源五右衛門康利の寄進により修理が行われました。
その時に、この見事な彫刻が施されました。
明野町の上手の八代さんは、その当時、県内でも1~2を争う年貢を納める豪農だったようです。
なので、金と権力があったのでしょう。
それで、これだけの素晴らしい彫刻を掘らせることができたのでしょう。
今から、250年も前に作られたものですが、全く、古さを感じることはありませんでした。
次に浄林寺に行きました。
歩いている途中に、マンホールの蓋の模様に目が留まりました。
とても見事な模様の蓋でした。
昔、使われていたであろう火の見やぐらも健在でした。
火事が発生したら、ここに登って、鐘を叩いて知らせるのですが、面白い看板を見ました。
ただ、鐘を叩くのではなく、叩き方に意味付けがあったのです。
打鐘信号やら、余韻防止付きサイレン信号など、覚えるのが大変ですね。
そして、最後はこの辺りでは有名な豪農の、八代家住宅に行きました。
1808年5月に建てられ、1976年に国の重要文化財に指定されています。
国の重要文化財になっているためでしょう。
屋敷のすぐ近くに、火災通報装置と、避雷針が建っていました。
豪農の屋敷見学の後、明野のブルーベリー狩り。
30分、ブルーベリーの食べ放題を、満喫して帰ってきました。
(その後、ブルーベリーの食べ過ぎで、少し、お腹の調子が悪くなりましたが。)
北杜市には、まだまだ余り知られていない歴史遺産が沢山あります。
もっといろいろな所に行って、沢山の話を聞きたいと思いました。
北杜市の生涯学習課の職員の皆さん、休日返上でお世話になりありがとうございました。