その1に続き、その2です。
これも、つくい助産院の近くで見つけた土器のかけらです。
先日、北杜考古資料館で見て頂いたところ、平安時代のものだとか・・・。
縄文時代の物と比べると、随分とうすい器のかけらになってきています。
平安時代に、相模原市緑区(以前は津久井郡津久井町)に人が住んでいたなんて・・・。
平安時代と言えば、京都の方かと思いきや、関東の方にもそこそこ人が集まり住んでいたのですね。
&...
以前、ほくと助産院の駐車場で曽利式土器のかけらを発見したと、ブログで紹介しましたが、実は、神奈川にあるつくい助産院の近くでも、土器のかけらを見つけていました。
左側の土器のかけらは、おそらく縄文時代で、右側は黒曜石です。
良く見ると、右端から2番目の黒曜石は加工した跡があります。
矢じりか何か切ったりする道具として使用されていたのではないでしょうか?
ちなみに、この黒曜石を見つけた所の地名は「野尻...
こちらの方が、「ばか」と呼ぶ名前の植物です。
正式な名前は知りませんが、種がよく、服に付いて取るのに苦労するあの草です。
嫌われ者の植物ですが、私的には、子孫を残そうとするこの植物の姿勢に畏敬の念を持ってしまうのです。
取っても取っても取り切れないほど一度に沢山付いて...
ウォーキング途中で、見かける石像です。
どのくらい昔の方が掘られたかは分かりませんが・・・。
ここ、北杜市内には、至る所にこういった石像や石仏などが沢山見られます。武田信玄公が統治していたころの名残でしょうか?
山梨と長野の県境の田舎なので、先の大戦で戦禍を免れたことが今だに、破壊されずに健在している大きな要因だと思います。
そして又、それ程都市化せずに月日が流れたことも、道端の石像や石仏がその...
先日、地区で行われた野焼きの跡を歩いてみました。
綺麗に、火を放った跡がクログロと田んぼのあぜ道や用水路の脇を彩っています。
野焼きをした夕方、消防団の方々が再び残り火はないか見て回られたそうです。
消防団の皆様、ご苦労様でした。
